私は天使なんかじゃない







不穏





  流れが変わった。
  何かが起きつつある、誰もがそれを実感していた。

  不穏。
  その影は街を包み始める。






  「それで状況は? デューク、報告を」
  「ダウンタウンに展開していた第二、第三、第五分隊は撤退した。第一、第四分隊は武器と弾薬の運搬の為に居残っているが一時間後には完全撤退する」
  「一時間後」
  「ああ。一時間後には撤退が完了する。ダウンタウンの兵力は空っぽになる」
  「撤収作業を急がせて」
  「了解した」
  「報告は他には?」
  「ないですよ」
  「よろしい」
  私は鷹揚に頷いた。
  場所はアップタウンにある奴隷王アッシャーの屋敷へブンの会議室。
  円卓を囲む形で主だったボス達がいた。
  全てのボスの取り纏め役でアッシャーの陣営ではNO.3の地位にあるデュークは私に丁寧に報告を続ける。
  私、出世しました。
  奴隷王の腹心です。
  もっとも正確には腹心待遇であり正式な腹心ではない。
  まあ、身分なんてどうでもいい。
  ……。
  ……それにしても妙な展開になったもんだ。
  作戦はアッシャーに提案したわ、確かにね。だけどそのまま総指揮を任されるとは思ってなかった。
  ボスになったばかりの素性不明の女に総指揮権を与えるとはね。よほど私を信頼してるのかよほど人材がいないかのどちらかだ。
  まあそこはいい。
  「ワーナーの目論みはピットの奪取。それを阻む、これが任務よ。各々方、異論は?」
  『ありません』
  「よろしい」
  奴隷達は反乱を目論んでいる。
  私は被害を最小限にする為の計画を提案した。
  ダウンタウンの兵力を空にする、それが私の計画。そもそもダウンタウンのレイダーの数は少ない。奴隷達が反旗を翻したら、本気を出したら簡単に
  叩き潰されてしまう。今まで奴隷達はその境遇を憂いていただけだから押さえつけれていたけど本気で反抗を始めたら制御出来ない。
  つまり。
  つまりダウンタウンにいる部隊は叩き潰され、結果として銃火器が奪われる。
  銃火器が奴隷達に渡れば戦争になる。
  もちろん武器があろうがなかろうがほぼ確実にアッシャーの軍が勝つだろう。絶対的な銃火器の数に差があるからだ。
  奴隷達は勝てない、結局はね。
  だったら被害は最小限にすべきだ。奴隷達の境遇には同情するし蜂起の気持ちも分かるけど確実に失敗する。それは絶対だ。ダウンタウンからの
  撤退は奴隷達を動き易くする意味合いもある。蜂起の助長。私としては短期的に終わらせたいものだ。
  「全員に申し渡しておくわ。極力殺すな」
  『了解です』
  私は一応は人情家のつもり。
  ピットの短期的解決はこの街の為のつもり。アッシャーにも確約は取った、首謀者以外はお咎めなしにしてくれとね。彼はそれを受け入れた。
  本当だと信じてる。
  ……。
  ……まあ、嘘だったらそれはそれ。
  その時はまた展開を引っくり返せばいいだけだ。何気に私は人情家ではなく偽善者かもねー。
  まあいいさ。
  やるべき事をやるだけだ。私流にね。
  「デューク。完全撤退を急いで。出来るだけね」
  「了解です」



  会議終了。
  いざ蜂起が起こればダウンタウンに駐屯している面々は数の差で奴隷達に全滅させられるのは明白。
  そして奴隷達はそいつらから武器を奪ってアップタウンを目指す、それが基本的な展開だろう。まずは連中から武器の供給元を奪う。
  そこから始める。
  蜂起しなかったら?
  もちろんそれならそれでいい。要は反乱側が動き易いように煽って首謀者を表舞台に引きずり出し、倒せればそれでいいのだ。
  ワーナーをね。
  ミディアの処遇はどうなるかは分からないけど……その他の奴隷達は助かる。
  そのようにアッシャーと約束した。
  その上でダウンタウンの面々の待遇改善をして行けば問題ないだろう。
  真の意味で市民に、真の意味で労働者にする為の交渉を私が受け持つ。それがアッシャーと交わした約束。
  「ふぅ」
  廊下を歩く。
  トロッグ襲来で戦死したクレンショーの部屋を宛がわれた。一応、立場的に私はNO.2待遇です。出世したなぁ。
  いつの間にかレイダーの幹部。
  出来る女っていうのも辛いものですね。どこでも目立っちゃう。
  「ミスティ」
  「何?」
  呼び止めた相手はデュークだった。
  ついこの間までは彼の管轄にあるボスだったのに今では私の待遇は彼を超えてる。少なくとも現状では私が総指揮を与えられている。
  スピード出世よね。
  「軍の一部がワーナー側に抱き込まれてるってあんた言ってたよな?」
  「ええ」
  アッシャーにそう進言した。
  ただ、先のトロッグ襲来で食われた連中が多いので調査は難航していた。何故なら誰が食われて誰がワーナーの元に走ったかが分からない
  からだ。その区分が出来ないでいた。何か掴んだのだろうか?
  「何か分かったの?」
  「ある程度は」
  「報告して」
  「了解。……実はだな、ここ最近登用された連中が姿を消している」
  「新人?」
  「そうだ。奴隷王アッシャーは外部から見ると無法者の親分に見えるが内部から見ると理知的な王だ。そのギャップが新人には気に食わないのだろうな」
  「なるほどね」
  つまり。
  つまり好き勝手やれると思ってアッシャーの軍に身を投じたのに、軍としての規律がうるさい等で不満を持つ若手がワーナー側に付いているってわけだ。
  だとするとワーナーの統制も胡散臭いな。
  粋がってる類の面々を従えているのであればワーナーの統治は今の政権よりも劣悪となるだろう。
  好き勝手出来ないからワーナーに寝返る。それはつまりピットを牛耳った際には好き勝手していいというお墨付きを与えているからに他ならない。
  まあ、もしかしたら空手形切るつもりなのかは知らないけどさ。
  だけど私が思うに現状維持が得策だ。
  その上で改革して行けばいい。
  それでいい。
  「デューク、そいつらはワーナーと合流しているの?」
  「それは分からん。しかしトロッグ襲来前に何だかんだと理由をつけて姿を消した。合流してると想定するのが妥当かもしれん」
  「なるほど」
  「数にしたら30ってところか。それほど大した数じゃない」
  「こちらの数は?」
  「130。大分トロッグで食われたからな。奴隷の数はおおよそで250。裏切り者の手下の数と合わせれば約2倍の差がある」
  「分かったわ。ともかく撤退を急がせて」
  「了解した」
  デュークと別れて私は自室に戻るべく歩き出す。
  人数の差はそう問題ではないだろう。こちらは全員銃火器で武装している以上、苦戦はしても負ける事はない。
  蜂起は確実に失敗する。
  だから極力最小限に被害を抑えるべく私はとても忙しい。最小限にする、アップタウンもダウンタウンもね。
  一連の騒動は全てはワーナーの画策したシナリオだ。
  奴の策謀の為に死ぬ必要は誰にもない。
  「不穏ね」
  街を包み出している不穏な空気。
  私の頭脳はワーナーの行動を読んでいる。今のところワーナーは私の行動よりも遅れている。奴は後手に回ってる。私の指示でダウンタウンの兵力
  は撤退、武器や弾薬の類も運搬している。つまり奴隷達には銃火器が手に入らない。あらかじめ保有していてもわずかだろう。
  銃火器が満足になければ反乱は成り立たない。
  簡単に鎮圧できる。
  被害を最小限に抑えて終結出来る。ここまでは私のペースだ。
  もちろん私は奴をよく知らない、もしかしたら予想外の展開を用意している可能性もある。
  頭脳戦ってわけだ。
  実際にぶつかり合うまでお互いに机上で作戦を展開、深慮遠謀して出し抜きあってるわけだ。どっちが机上の空論になるのかな?
  それでも。
  「決戦は近いわね」



  元クレンショーの部屋、今は私の部屋だけど……そこに戻り、私は机に向って作戦中。
  机の上にはインターコムがある。
  「アカハナ」
  「はい、ボス」
  手近に控える私の副官に声を掛ける。しかし私の視線は資料に向けられたまま。
  この街の地図だ。
  「ゴム弾はあるかしら?」
  「ゴム弾、ですか?」
  「弾薬庫の内訳にはゴム弾が記されているけど実際には存在するの?」
  「調べてみない事には」
  「急いで」
  「了解です」
  一礼して彼は立ち去る。
  これで部屋にいるのは私だけ。
  急がなくてはならない。
  何故なら反乱は間近に迫っている。私の急務は犠牲者を出来るだけ減らす事だと認識している。これはこれで私らしい結末でしょう?
  そう思う。
  インターコムを押す。
  数秒の間の後にインターコムから声が響く。
  「何でしょう?」
  「ミスティよ。デュークを私の部屋まで呼んで欲しいんだけど」
  「了解しました」
  「お願い」
  デュークは全てのボスの管理者、NO.3。彼ばかり酷使するのも気が引けるけど役職が高いという事はそういう事だ。責任がある。
  地図を見てて思ったのは奴隷達は必ずある一点を通る。
  そこで叩く。
  連中が私が推測する通りを通るのは確実だ。何故ならワーナーの目的はヘブン。その一点のみだ。
  治療薬、奴隷王とその家族、ピットでもっとも偉大な建物。
  狙うのはそこだけだ。
  おのずと連中の侵攻ルートが推測できる。
  ……。
  ……反乱しない可能性?
  それはそれであるだろうよ。突然ダウンタウンの兵力が撤退されたら向こうも怪しむはず。反乱企んでても延期する可能性もある。
  それならそれでいい。
  だけど私がワーナーならここで動く。私ならね。
  奴隷王側が迎え撃つ構えを見せるのであれば、それはそれで付け入る隙があるからだ。防備を固めれば必然的に動きが鈍くなる。機動性の
  ある部隊で拠点であるヘブンを強襲するのもそれはそれで手だと思う。
  それは可能?
  可能ね。
  もっともその為には陽動が必要となる。
  大きな大きな陽動がね。
  奴隷達の動きは奴隷王側の目を引くのには最適だろう。そしてその隙にワーナーは自分側に取り込んだ軍を使って屋敷に攻め入るはず。
  私はそう見ている。
  奴隷を陽動に使うのであれば私は軍を陽動に使うまでだ。
  ならば相手を出し抜くまで。
  頭脳戦、化かし合い。
  さてさて。
  最後に笑うのはどちらかな?
  「失礼します」
  デュークが入ってくる。
  私は顔だけそちらに向けて椅子を勧めた。彼は座る。私は地図を指差した。
  「ここをどう見る?」
  「ヘブンに向かう通りですね。それが何か?」
  「この通りにあるビルの屋上に部隊を配置して。下からは絶対に入れないようにバリケードを作ってね」
  「なるほど」
  「最短距離だし通りも広い。見通しもいい。連中は必ずここを通って進撃してくる。ここで叩く」
  「連中が通った際に挟撃するわけですね」
  「ええ。だけど実弾の使用は許可しない」
  「はっ?」
  「ゴム弾を使用する」
  「そりゃまた何故?」
  「連中はただの駒でしかない。捨て駒。捨て駒だからといってこちらも撃ち殺す事はない。こちらはそれを拾えばいい」
  「はっ?」
  「二個小隊のみをヘブンの防備に回し全ての戦力を通りに集結させて」
  「しかしそれは危険では?」
  「ふふふ」
  その問いに私は微笑んだ。
  立場の差は攻め手と防ぎ手、まるで真逆ではあるもののワーナーも私もしようとしている事は同じだ。
  向うは必ずヘブンに大駒を投入してくる。
  こちらも大駒で対抗するまでだ。
  「デューク、これはアッシャー代行である私の命令よ。直ちに行動に移して」
  「了解です」